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結婚式場の名門として君臨する「椿山荘」「椿山荘」は江戸時代「つばきやま」として有名だった景観地で、上総久留里藩黒田豊前守の下屋敷があった場所です。明治になって維新の立役者、山縣有朋が私財を投じて「つばきやま」を購入し整備して「椿山荘」と命名しました。東京空襲で山縣公爵の記念館や一千坪の大邸宅、樹木の大半が殆ど灰燼に帰してしまいましたが、藤田興業の創業者「小川栄一」が「戦後の荒廃した東京に緑のオアシスを」と考え、一万を超える樹木を移植し復興させた名園です。 |
























































ずいぶん写真を載せたなって?実は私が始めて媒酌人を頼まれた結婚式場が「椿山荘」なのでした。その時の新婦さんが学生時代フランス料理のマナーを「椿山荘」で学ぶ課程があったそうです。その時「椿山荘」美しさに感激し「結婚式は絶対にここでやる。」と決意したそうです。就職されても「結婚式は椿山荘で」を目標に節約に努め毎月の給料を蓄え願いを達成したしっかり者の新婦さんでした。当時の私は初めての媒酌人だった為、緊張して景色を味わう余裕がありませんでした。そのため三重塔ぐらいしか記憶に残っていませんでした。今回数年ぶり訪れ新婦さんの言葉を思い出しながら庭園を巡り、新婦さんの気持ちがよく判りました。特別に「椿山荘」で式を挙げた近藤英樹君と栄子さんを紹介します。しっかり者の栄子さんは2児のお母さんになり幸せな家庭を築いています。 |
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